Cor ad cor loquitur.

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語彙と文法

「コル・アド・コル・ロクウィトゥル」と読みます。
文頭のCorは、第3変化名詞 cor,cordis n.の単数・主格です。
ad(~に向かって)は対格を取る前置詞です。
ad の次のcor は単数・対格です。cor は中性名詞なので、主格と対格が同じ形になります。
loquitur は形式受動態動詞 loquor,-quī(語る)の直説法・現在、3人称単数です。
「心が心に語りかける」と訳せます。

「心が心に語りかける」について

言葉の意味は読んで字のごとくです。日本語の「以心伝心」という言葉を思い出してもよいでしょう。ただし胸のうちを相手の心に伝えることは容易ではありません。口頭で伝えるには勇気がいります。キケローはその場合手紙を書く手があると言います。「手紙は赤くならないから」(Epistula nōn rubescit.)というのがその理由です。

文字も言葉も使わずに心を届ける方法はないものかといえば、日本語に「目は口程に物を言う」という言葉もあります。大プリーニウスの「心は目に宿る」(In oculīs animus habitat.)も同じ内容を伝える言葉として知られます。

沈黙した顔は声と言葉を持つ」(Tacens vōcem verbaque vultus habet.)。これはローマの恋愛詩人オウィディウスの言葉で、『恋の技術』の中に見られる表現です(Ov.A.A.1.574)。文脈をたどると、言葉を用いずに意中の女性に自分の気持ちを伝えるあの手この手が語られています。

会話によらない心の通い合いは同時代に限られるものではなく、文字を使えば時空を超えて可能です。

本は寡黙な教師である」(Librī mūtī magistrī sunt. )は、このことを示唆します。読む行為を通じて作家の心と自分の心が対話するとき、それは肉声のやりとりではなく、「心が心に語る」経験です。

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この記事を書いた人

ラテン語愛好家。京都大学助手、京都工芸繊維大学助教授を経て、現在学校法人北白川学園理事長。北白川幼稚園園長。私塾「山の学校」代表。FF8その他ラテン語の訳詩、西洋古典文学の翻訳。キケロー「神々の本性について」、プラウトゥス「カシナ」、テレンティウス「兄弟」、ネポス「英雄伝」等。単著に「ローマ人の名言88」(牧野出版)、「しっかり学ぶ初級ラテン語」、「ラテン語を読む─キケロー「スキーピオーの夢」」(ベレ出版)、「お山の幼稚園で育つ」(世界思想社)。

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